今朝も3時半に起きた。
目覚まし時計がなくても目が覚める。
私は、目が覚めたら起きることにしている。
もう一度寝ようなんて考えない。
寒い冬でも起きてしまう。

まず布団をたたみ、歯を洗う。
おもむろに誰かの本を手にする。
今日、読んだ本に面白い部分があった。
ひとり声を出して深夜に笑った。
その一文を紹介したい。

「いっしょに行こう」
死の床で山茶花さんは、ジッと潤んだ目で森繁(久弥)さんを見つめた。
何も言わなかった。その顔はもう、生きている人間の顔ではなかった。
何も喋らない間が恐かったので、森繁さんは、
《なかなか顔色がいいじゃないか》とか
《こんどの映画にこんなな役があるが、やってはくれまいか》などと、
誰もがこうした際に口にする、空しい慰めを言うしかなかった。
我ながら下手な芝居だと、森繁さんは思ったそうである。

この間、山茶花さんは一言も言わず、魚のような目で森繁さんを見ていた。
–——白い布団の上を、ソロソロと痩せた手が這ってくる。
避けるわけにはいかなかった。
森繁さんは怖々その手をとった。
その瞬間、枯れ枝みたいなその手が、恐ろしい力で森繁さんの手を握り、
はじめて山茶花さんの唇が動いて言った。
–——《繁ちゃん、いっしょに行こう》。

自分の不人情を、森繁さんは今でも悔やむ。
—––あまりの不気味さに、森繁さんは思わず山茶花さんの手を突きのけ、
振りほどいたといいうのである。
山茶花さんは、そんな森繁さんを眺めて、嬉しそうにニタリと笑った。

《あんな人の悪い奴はいない》
———誰かのお通夜で会う度に、森繁さんんはこの話を私にする。
「死のある風景」 久世光彦

山茶花さんも森繁さんも逝ってしまってこの世にいない。
あの世とやらで、山茶花さんはニタリと笑って迎えたのだろうか。
そのとき、森繁さんはどんな顔をされたのだろう?