子供のころ、夏になると幽霊の話を聞いた。
話の中の幽霊には足がなかった。
手首を曲げて、上目づかいに冷たい低い声で
ゆっくりと、「うらめしや〜」。

怖いと分っていても映画も見に行った。
そろそろ出るな、という場面では、
回りに気付かれないよう、さりげなく
下を向いた。

見上げる瞬間に爆音がして、超拡大の化け物
が出る。
そりゃー、ビックリするに決まっている。

ピクンと身体が動く。
オオッ、と細い目を丸くする。
しまったーと思ってももう遅い。

その夜は、トイレに行くのが苦痛だった。
一人で暗がりにいくのは妙に怖いのだ。
あれ買ってきて!なんて言われると困ってしまう。
草場の陰でこっちを見ている幽霊がいるのだ。

子供のときは、母に頼んで手を繋いでもらえる。
しかし、中学にもなるとそんなことは出来ない。
男なのである。
そのとき俺は、「臆病者だ」と確信した。

大学の時、ヒッチコックのホラー映画を見た。
悪友と二人で笑いながら見に行った。
そこまではよかった。

下宿に帰って、全部の窓にカギを掛けた。
眠れない。部屋に入ってきそうなのだ。
恥ずかしが、電気をつけて眠った。
これまで見た映画で最高に怖かった。
もう、二度と見たくない映画だ。

翌朝、相棒の下宿に行った。
ここは、男だけの部屋が8部屋あり、
ドアにカギを掛ける者はいなかった。
相棒の部屋に入ろうとしたら、
なんと、カギが掛かっている。

一人で笑ってしまった。
オイ、カギかかっとるやないか。
開けろよ。どうしたんや。

相棒は、眠れないと真剣な顔で言った。
こいつも臆病な男だった。
暑い部屋なのに、窓にもカギを掛けていた。

嗚呼、もうホラー映画は見たくない。
見たい人は、レンタルショップにあるかも?
『悪魔のいけにえ』ヒッチコック。