イノック・アーデン(テニスン作)

もう百年も昔のこと ここの浜辺に、
家が三軒 子供が三人、
港きっての器量よし まだ小娘のアニイ・リイと
粉屋のひとり息子 フィリップ・レイと
荒っぽい船頭の倅に生まれたが、
いつか冬の難船で親を失くした イノック・アーデンとが、
捨てられた小道具 きつく巻いた太綱
潮に染まった漁師の網 赤錆びた碇の鈎・・・

崩れる砂を積み上げて、砂のお城をこさえては、
今か今かと、満ち潮が、ざんぶり越すのを待ち構えたり、
白く砕ける小波を、時には追いかけ、時にはよけて、
毎日、可愛い足跡を、浜辺に小さく残しては、毎日浪に洗い消された。・・・

学生の時にこの短編小説に出会った。
今でもふと夜中に跳び起きては、布団の上に座ったり、寝転んだりして読んでいる。
布団で読むのは、草臥れたらそのまま眠れるからだ。つまり、無精者なのです。

もし「好きな小説」、と聞かれたら、この「イノック・アーデン」をあげる。
こんなに優しく、哀しく、孤独な生き方をしている人が、どこかにいるような気がするからだ。

著者は詩人の「テニスン」。抒情詩集を出している。空前の大詩人と言われた時代があったと聞く。詩作は一晩も欠かさず、幾千行もの句を書いたり消したり推敲を重ねる人らしい。

何度も読んでいるうち、夏目漱石が文学評論の中に原文を引用し「本文62ページ〜64ページ」このように評している箇所があった。
「イノック・アーデンが孤島に打上げられた時の有様を、テニスんはこう書いている。ここに人間がある。活きた人間がある。感覚のある情緒のある人間がある。是から見るとロビンソン・クルーソの如きは山羊を食う事や、椅子を作る事許り考えている。」

まだ、読んでいない人があったら、機会を作って読まれる事をお勧めします。
ちょっと哀しくなりますけどね。好きな人にプレゼントもいいかも知れません。
勿論、あなたが読んでからですよ。

※この本を訳した人にも拍手をしたいです。その人の名前は、「入江直祐」です。
韻律の美しい響き、文語体の気負いに気概、志の高さを感じる事ができます。